できる男は中身から!
スーツに個性が出るように、下着にも差をつけたい男性が急増!
ここぞ!というとき用の勝負パンツや、デザインや機能性に富んだ下着などを徹底分析!
男性も下着にこだわる時代・・・あなたにピッタリの下着を探そう!
そもそも下着とは?
下着(したぎ)は、服(アウター)の内側 に肌に密着するように着る衣類。肌着(はだぎ)、インナーとも呼ぶ。着用する事により、その上の服を身体からの汚れから守り、体の保温、快適さ、加えて衛生を維持する。現在は吸汗性と通気性に優れた素材の追求がされている。
下着と社会
Tシャツはアメリカの労働的階級の下着とみなされている歴史があり、Tシャツのままでは品性を疑われ、公共の場に現れるべきではないとされていた。現在でも高級レストランや冠婚葬祭などの改まった場では、Tシャツはその場に相応しくないマナー違反の服装とされているのは、この慣習である。
欧米やその他多くの社会では、下着や裸に対する禁忌が強く、20世紀の半ばを過ぎるまで肌を露出することを極度に避ける慣習があった。現在でも更衣室や風呂場などの限られた場所でなければ裸を見せるべきではないとする慣習が強く残っている。所によっては、靴下を脱いで素足になることすら禁じられていることもある。またイスラム教を国教とする多くの地域では、厳格な服装制限がある。これに対し、日本やアジアの大部分、アフリカ、南北アメリカの先住民の間では高温多湿な環境もあり、肌の露出に関する禁忌は小さい。夏の暑い日などには下着のみで生活するのが常識である地域や民族もある。
多くの社会では、下着のみを着用していることは裸とは呼べないが、それに極めて近い状態であると認識される。下着のみで分別の有る成人が公共の場に現れることは、モラルの面からも問題視され、逮捕されるに充分である。しかし、場所により下着でいることが許容されている場所もある。例えば水浴びを楽しめるように開放されている池で、水着の代用品として下着を使用することは即座には逮捕につながらない場合もある。
アメリカの一部の州の刑務所ではピンクや蛍光色の下着を受刑者に支給しており、脱獄時に脱走者が着替えれば人目につき、発見されやすいようにしている。
何らかの意図を政治的に示すために下着のみになることも広く行われている。最も有名なものは、動物愛護運動家の間で毛皮着用に抗議して、下着のみで行われるデモである。活動家が下着だけになる理由は様々であるが、獣毛を着用するぐらいならば脱衣も辞さないという決意と、社会の注目を集めることが大きな理由である。また、ある下着販売会社が広告の一環としてモデルに下着のみを着用させて、ニューヨークのタイムズスクウェアの周囲を歩かせたこともある。抗議行動や視覚芸術の場合は逮捕者が出ることもあるのに、広告行動としての場合は逮捕者が出ていないことを商業主義に対する過度の寛容と見るかは意見の分かれるところである。
下着を身につけることは宗教上の意味合いを持つことも多く、末日聖徒イエス・キリスト教会におけるガーメントのように特別な服装の一部であることもある。
近年の下着
1930年代〜
1930年代に男性向け下着の発明と改良が進んだ。1935年1月19日、シカゴのクーパー株式会社の手により、ジョッキーと名づけられた世界初のブリーフが売り出される。
ボタンや紐の代わりにゴムが腰周りに使われるようになり、プロボクサー選手が身につける短いズボンに似たボクサーショーツが広く売り出される。スコーヴィル社(Scovil Manufacturing)がスナップファスナーを開発し、下着に広く使用されるようになる。
コルセットはガードルとして生まれ変わり、ブラジャーやガーターベルトと共に身につけられるようになる。
1940年代〜
第二次世界大戦中にゴムや金属が戦略物資となると、一時的に紐とボタンが下着に用いられるようになる。物資不足の中、下着も不足し、古くなった服を再加工したものも使われた。
戦後は、クーパーズ社を前身とするジョッキー社とヘインズ社が大手であったが、クルット・ピーボディー・カンパニー(Cluett, Peabody and Company)が、サンフォリゼーション(Sanforization)という生地を出荷前に洗い縮める技術の特許を取り、広く利用されるようになる。
コルセットはハチのように細い括れからワスピー(waspie)として再び広まる。胸の谷間を強調するストラップレスブラも使われるようになる。
1950年代から1960年代
それまで下着といえば白のみで、それ以外は一部の特殊な職業で使われているだけであったが、プリント柄や赤や黒の下着も売り出されるようになる。ファッション性も理解されるようになり、様々な試みがなされるようになる。レーヨンやダクロン、ナイロンのような化学繊維が広く試され、そのうちのいくつか、例えばナイロン製のストッキングは広まることになる。また、男性用の下着も大柄の模様やメッセージ、それにキャラクターイメージがプリントされたものが広く売り出されるようになる。
1950年代の流行として、腰周りの細さより胸を強調するデザインが広まるようになる。まるで弾丸のように先を尖らせたバレットブラ(bullet bra)や、フレデリックス・オブ・ハリウッド社(Fredericks of Hollywood's)が売り出したプッシュアップブラ(push-up bra)が売り出されのもこの年代である。
1959年にノースカロライナ州のグレン・レイブン紡績会社(Glen Raven Mills)がパンティとストッキングを一体化させたパンティホーズ(Panty hose)を発明し、売り出した。また同じ会社は1965年にミニスカートに合わせて身につけるシームレス・パンティホーズを売り出した。
1970年〜
1970年代から1980年代の間にファッションとしての下着市場は成熟を迎え、下着メーカーは広告の中で耐久性や快適さではなく、下着がかもし出す性的魅力を主張することを重視するようになった。マドンナやシンディ・ローパー(Cyndi Lauper)といった1980年代のセレブリティは、下着をファッションの一部として露出させ有名になった。1990年代からはヒップホップを元とするストリートファッションの流行の中で、大き目のジーンズや短パンを尻や膝でずり下げて履き、トランクスやショーツを露出させることが流行している。この流れの中で初めから見せることを考えて作られた下着も広まった。
1980年代にサンバで知られるブラジルでソング、あるいはTバックとして知られるようになる下着が広まる。初めは水着であったが、1990年代ごろに世界中に広まるにつれ、下着のデザインとしても広まるようになる。欧米で大流行し、日本でもサンバブームやディスコの影響もあり流行したが、下着本来の持つ保温性や体のサポートといった側面が薄く、また国民性の違いもあり一般的に広まったとは言いがたい。
1990年代にボクサーブリーフというブリーフとボクサーショーツの特徴を併せ持った下着が売り出された。新しいデザインとして売り出されたが、1910年代に流行していたユニオンスーツの下半身部分とほぼ同じデザインである。
男性下着の種類
- マニア系
- シースルー
- ポーチ
- ホール
- ぞうさん
- セクシー系
- Tバック
- ソング
- Gストリング
- ハーフバック/リオバック
- フルバック
- フィットボクサー
- ファッション系
- ビキニブリーフ
- セミビキニブリーフ
- ボクサーブリーフ
- ノーマル系
- ブリーフ
- ボクサー
- トランクス
- スポーツ系
- スポーツアンダーウェアー
- 機能性男性下着
- ボクサーブリーフ/ロングボクサーブリーフ